平成最後の夏。人生最後の夏。

YAMATO

平成最後の夏、だから
そう言われると、普段よりも踊り狂いたくなる自分がいた。

あなたはどうだろう。

「平成最後の夏とか言っても、また来年も夏は来るわけだし」なんて、思ってはいないだろうか。

たしかに、来年も夏は来るかもしれない。でも、来ないかもしれない。

それは誰も分からない。

来年もあなたは夏を迎えられるよ、と誰かに保証してもらったのだろうか。保証してもらったつもりになっているのだろうか。

ぼくは平成最後の夏が、人生最後の夏になったとしても後悔しない。そんな夏を送りたかった。

何か物足りなかった、平成最後の夏。少しだけ後悔が残っているかもしれない、そんな誰かに向けて語りたい。

夏も終盤に暑苦しい文書で恐縮だが、ぼくは人が変わることに遅すぎるなんてことはないと信じている。

It’s never too late.

少しでも上の内容に共感してもらえたなら、ぼくの熱くて仕方がない文書を引き続き、読み進めてほしい。

今日は、7月から今に至るまでの踊り狂った記録を、まとめてみた。

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ちなみに。なぜ、踊り狂っているのか。

ぼくの原体験を先に読んでいただけると、なぜTwitterで行動しまっているのかが伝わりやすくなるかと存じます。

併せて、ご一読いただければ幸いです。

日本に殺されかけた帰国子女が、日本に生きる決意をした話。

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平成最後の夏、幕開け

ちょうど7月1日は、お金を使う練習を始めた日だった。

お金は使い方次第で、その価値が変わる。どのような使い方をすれば自分も、社会も幸せになるのか。本気で考え始めたとき。

いろいろな案が飛び出し、

 

最終的に、みんなでお金を出し合って、より大きな遊びをする企画を採用することにした。

 

これから、この企画がどのような進化を遂げていくのかは分からない。未知だからこそ、胸が躍るわけだけど。

こちらの活動報告は、9月頃にできそうです。

10万円の面白い使い方をみんなで考えた、平成最後の夏。

続いては、こちら。

大分県は宇佐市にて、2018年W杯・日本対ベルギーを観戦(遠い昔のように感じる)した後に福岡県は博多へ。

中洲の屋台で一人、ラーメンをすすりながら「日本の酔っ払いは一つのコンテンツになり得る」と感じた夜だった。

屋台で仲間と酒を飲んでいる姿が幸せそうだった、平成最後の夏。

二日後、ぼくは秋田の母校にいた。

青春時代を過ごした国際教養大学は陸の孤島、秋田市の山奥に位置する。熊の生息する森がキャンパスのすぐ横にあり、24時間利用が可能の図書館前には野生の鹿が現れたことも。

そんな母校に帰り、幸せな働き方のヒントを、また一つ得た。

 

人生で初めて、スポンサーやパトロンにもなった、平成最後の夏。

情熱ある若者(自分含めて)を応援する文化が、もっと広まることを願って。まずは自分から、行動を起こす。

 

初めて、歌っている動画をツイッターに上げてみたのも秋田だった。

 

やりまくった場所。挑戦しては、何度も失敗して。たくさんの恥もかいたけど、最高の思い出も生まれた秋田は、ぼくの背中を押してくれる。

どんな形でもいいから、とりあえず歌ってみた、平成最後の夏。

関西に帰ったぼくは前田裕二さん著『人生の勝算』を読んでいた。そして、彼がつくった「SHOWROOM」を試してみようと生配信してみた。

人生で初めての生配信。赤の他人とネット上で絡むことの楽しさを知った。ここからツイッターなどでも、積極的に知らない方にも絡み始めた。

インターネットの可能性を改めて痛感した、平成最後の夏。

このとき、ぼくは組織づくりにも関心があって。

以前から「強みしか活かさない」チームをつくりたいと考えていた。ただ、あまり前例のようなものに出会ったことがなく、どこの組織も大なり小なりの我慢が発生しているように感じた。

だから、自分で実験してみることにした。

このツイートがきっかけで。後に動画編集チームが立ち上がり、今は『#一分ならから』というハッシュタグで毎日動画を投稿している。

自分をプロデュースするためのチームを結成した、平成最後の夏。

日本のパスポート、世界最強説【VLOG】

 

人生で初めて転職活動をしてみたのも、平成最後の夏。

 

人生で初めてボーカルオーディションを受けてみたのも、平成最後の夏。

 

やってみまくるに連れて、上京しようかすら検討し始める。

東京の家賃の高さに愕然とした、平成最後の夏。

やはり、誰かと共創することは刺激的で。その誰かに出逢いやすいのは分母の大きい都会・東京かなと。

ただ、最終的に自分は東京に拠点は構えず、流浪人の暮らしを選んだ。

世界中に、出逢いたい人はいたから。

10月は東南アジア、11月は数年ぶりにアメリカへ帰ります。

初対面の誰かと旅に出ることが決まった、平成最後の夏。

 

そして、ぼくは復職した。

人生で初めて休職と復職をした、平成最後の夏。

 

株式会社ワンピースの独立遊軍は特攻隊長として、社外に出まくる。

ぼくらのコンセプト『人々の毎日に喜びや感動、幸せの溢れる世界を』実現するために、共創できる仲間を募る。その仲間と出逢いやすくなるために、発信力も徹底的に磨く。

社長とラジオ収録してみたのも、平成最後の夏。

古村大和のこれ、聞いて。@Tokyo feat. 社長【『好きなことで、生きていく。』とはなんぞや】

 

社長の遅刻癖を暴露したのも、平成最後の夏。

 

 

帰国子女三兄妹で起業した英語塾にも、再び力を入れ始めた。

妹たちの創意工夫に驚かされ続けた、平成最後の夏。

 

もちろん、アホになることも忘れてはいない。

ゲーム実況動画を友人と上げてみた、平成最後の夏。

 

アカペラのバンドを組んでいるメンバーと、路上の道行く人々に生歌を披露してみたり。

音楽は言語も国境も越えると感じた、平成最後の夏。

 

そして、誰の役に立てばと考え、英語でリプを送りまくる実験をしてみたり。

 

 

ちなみに、こちらの企画は全然盛り上がることなく、フェードアウトしました。笑

英語企画は競合が多すぎて、埋もれてしまった、平成最後の夏。

以下は自戒も込めて。

 

ここから、幸せを感じるコト・モノにはどんどん投資しようと行動し始める。はじめの一歩は、ちゃんと路上ライブをするための機材の購入だった。

 

総額20万円以上。今までのぼくの買い物の相場からはかなりのチャレンジで。でも、使ってみたから分かる。それだけの価値は必ず返ってくる。

フォロワーの方とセッションする機会に恵まれたり、

自分のオリジナル曲に投げ銭してくれる人がいたり、

お金は使うためにある。お金は「幸せに生きる」という人生の目的を達成するための手段だ。

『金持ち父さん』の言っていることが少し分かった、平成最後の夏。

大きな学びを得ていたとき、うつ状態の方から悩み相談をいただいた。

ぼくは急いで、カメラを回した。少しでも、ぼくの伝えたいことが伝わりやすくなるように。

 

すると、反応が返ってきた。

 

あなたは一人じゃない。それだけは、どうしても伝えたかった。

気がついたら行動していた、平成最後の夏。

うつ状態の頃に書いた記事も公開した。誰かが励まされるなら、ぼくの過去(黒歴史)はなんぼでもネタにしていい。

黒歴史も見せびらかした、平成最後の夏。

この時期から、どんどん自分が分かり始める。行動しまくる中で、自己理解が深まる。それはまるで激流を下る石の形が研ぎ澄まされていくかのよう。

 

とりあえず、やりまくろう。それをネタにしよう。

ちなみに、こちらの「polca」は支援者がなんと未だに0人。今、投げ銭してくれたら泣いて喜びます。

お金をいただくことの大変さを痛感した、平成最後の夏。

ボイトレを受けてみた、平成最後の夏。

ここで、8月に入る前に。

 

少し休憩も兼ねて、平成最後の夏の海旅をご覧あれ。(目の保養)

喧嘩するほど仲がいいと信じたい、平成最後の夏。

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平成最後の夏、折返し
8月の頭は埼玉県で迎えた。

株式会社ワンピース(アパレル系通販)がお客様と直接お会いして遊ぶ『Tea Party』お茶会にて出逢った、一人の女性にご縁を感じ。愛子さんが「ハートのお医者さん」として運営されている、サロンにお邪魔した。

人生で初めてのヒーリング体験、瞑想デビューした。

宇宙の彼方へ意識を飛ばしてみると仏様になった、平成最後の夏。

 

さらに一段と思考が整理された、ぼくに迷いはなかった。

 

アメリカに住んでいた頃から大好きで、テレビにかじりついて観ていた『M-1グランプリ』に挑戦することにした。

相方はその日、出逢ったばかりの初対面の男性。ノリの賜物であった。

 

田端大学にて切磋琢磨している、こうすけと組んだ『さらリーマン』は反響を呼んだ。何よりも、彼と漫才できることが楽しくて。

 

憧れの舞台に立つことを決意した、平成最後の夏。

その様子を発信していたら、尊敬していた人にも絡んでもらえて。

常軌を逸して発信し続けると、世界の方から変わりだす。この言葉は、嘘ではなかったと確信した。

やるまくっていると、少しずつ世界が気づいてくれた、平成最後の夏。

そして、完全にパンツを脱いだ「失うものすら失った」ぼくは毎日動画を投稿した。

(全部俺)孤独な多重録音の動画だって、

(一部俺)仲間と音楽できた動画だって、

「一分の動画なら、毎日投稿できるかも」と感じて、踏み出した最初の一歩だった。不思議なもので一度走り出してさえしまえば、もはや止まることの方が難しいかも。

迷うくらいなら、とりあえず一回やってみた、平成最後の夏。

『#一分ならから』

一分なら、という感覚から。まずは一歩、踏み出してみよう。

最初は不格好でもいい。みんな、はじめは初心者なわけで。

道端で撮った、無編集の動画が一本目の『#一分ならから』投稿だった。

暗いし、風の音もうるさい二本目。

 

そこから動画編集チームを立ち上げ、字幕を付けてみたり、

以前、無編集で投稿したものを進化させて上げ直したり、

ぼくらは着実に前に進んでいる。前に進めるのも、はじめの不格好な一歩目があったから。踏み出したから、今がある。

やりまくリーマンになれつつある、平成最後の夏。

毎日の動画投稿と並行して、自分独自のハッシュタグ『#幸せを本気で描き続ける人事』キャラクターも開発した。

ハッシュタグとやらを使ってみた、平成最後の夏。

いつか、ぼくの圧倒的な自己開示が株式会社ワンピースの仲間集めの役に立てば面白いなと妄想している。

ここまで書いてしまうと逆に人が離れないか、若干心配な側面も否めないが。今は駆け抜けるだけ。

離れていく人はさよならバイバイと決めた、平成最後の夏。

他にも『#帰国子女の違和感』など、発信量が増えてきたため、情報をまとめやすくし始めた。

そして、大きな転機を迎える出来事が起きる。

ブログ

部屋で下手くそなムーンウォーク(喜びの舞)を踊った、平成最後の夏。

『#踊りクルー』はともに踊り狂ってくれる仲間(crew)が増えることを祈って、つくってみた。

そして、少しでも仲間が増えたらと願い、ぼくの多動を後押ししてくれた本のプレゼント企画をやってみた。

 

田端さんの本、めちゃ売り切れとるやんと怒った、平成最後の夏。

ときは前後し、お盆明け。ぼくは愛媛にいた。

 

 

平成最後の夏、学生時代に切磋琢磨した仲間たちが世界中から集まった。

俳句バーで「すいか」を季語に俳句対決した、平成最後の夏。

 

第21回俳句甲子園に心揺さぶられた、平成最後の夏。

夢中で俳句に青春時代を注ぎ込んだ、高校生たちが本当に輝いていて。それはそれは眩しくて。負けていられない、そう強く感じた。

なにより全力で遊んだ、平成最後の夏。

お金は使えば、また稼げばいい。でも、過ぎた時間は取り返せない。

愛媛でも改めて気がついた。ぼくはみんなと、たくさん遊びたい。だから、今の一般的な働き方(自由な時間が会社都合で変わり、そもそも週休2日)も変えたいし、もっと遊びまくっていい文化を築きたい。

日本はまだまだ幸せになれる余白がある、平成最後の夏。

みんな、何のために生まれてきたのか。

それぞれに細かな答えの違いはあれど、間違いなく言えることは「みんな、幸せになるために生まれてきた」ということ。

ぼくは『人生は死ぬまでの暇つぶし』だと考えている。

せっかくの暇つぶし、退屈な時間を過ごすなんてもったいない。本当に、もったいない。それに尽きる。

とか言うと「そんな自由に動ける会社なんてない」という声が聞こえてきそう。

答えは「あります」です。まだ数は限りなく少ないけど。

そもそも、なんでなかったら諦めるのか。ないなら、つくってしまえばいい。

ちょっと煽ってみた、平成最後の夏。

 

ぼくは今の自分の生き方に120%満足している。

堂々と胸を張って「明日、死んでも後悔はない」と言える。そりゃ、たくさんやり残したこともあるかもしれないけど、今の自分ができることを毎日精一杯やり続けている。

だから、後悔なんてない。

明日、死んでも後悔はないと言えた、平成最後の夏。

そんなぼくは今、日本の首都・東京にいる。(8月22日)

平成最後の夏、締めくくり
行動しまくった、平成最後の夏。

振り返れば、膨大な量のインプットがあった。それに対し、毎日ツイッターで発信はしているものの、どうしてもぼくのアウトプットしたい思考量は書ききれない。

だから、これからはブログに力を入れていく。ツイッターは日常の速報を発信するメモ機能を担い、ブログはきちんと情報を整理してまとめるアルバム機能を担わせようと思う。

秋の方向性が決まった、平成最後の夏。

思い出すための時間と余白を持てた、平成最後の夏。

と締めくくりにかかってはいますが、平成最後の夏はまだ終わっていないので。まだまだ駆け抜けます。

これからも毎日動画は投稿するし、
いただいた恩は、次の誰かに返していく。

もっと自分をさらけ出すし、
面白い遊び企画も考え続ける。
多数の他人がタダ飯に集う『多タダ飯』のクラウドファンディングも、今週末に公開予定。

成功しても、失敗しても、挑戦はネタになる。だから、美味しい。

挑戦はローリスク・ハイリターンだと強く言いたい、平成最後の夏。
ぼくは止まらない。たまに、じっくり休むけど。

最後に
『踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら、踊らにゃ損々。』

しつこいくらい、何度も言うけど。

本当に、踊らないと損だと思う。誰も、あなたの踊ることを止められないのに。自分でブレーキを踏んでしまう、ぼくもそうだった。

一度、ブレーキを壊してみたら楽しく踊れた。それでいい。

ぼくはこのまま、踊り続ける。

踊り狂い続ける。みんなが一緒に踊ってくれるまで。

yours sincerely,

YAMATO【大和】

編集後記

寄稿YAMATO
再編集ばるーん

さて、とんでもない熱量の記事が寄稿されてしまいました。

日記などで自分のことをまとめると整理がつきますが、行動を起こしまくるとこんなにも大規模になるんですね。

そんなやまとさんの新しい計画がこちら

日本人、総踊る阿呆化計画。

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