鬱(うつ)病は存在する。した。

YAMATO

YAMATOさんより寄稿
ばるーん再編集

うつ病は存在する。

社会に理解してほしいことがある。しかし、それを誰も分かっては
くれない。分かろうともしてくれない現状を嘆いてしまうときがある。

そんなときに足りていないのはユーモアではないだろうか。
ユーモアは興味のない舌の嗜好に合わせてあげる調味料だ。

『ツレがうつになりまして。』

と言う映画を彼女と観た。
原作はエッセイ漫画。うつ病についての理解を広げた作品だ。

なぜ、この作品が幅広く受け入れられたのか。それは面白いからだ。
うつ病を描き方一つでエンターテイメントに変身させたからだ。

原作がただの医学書、映画がただのドキュメンタリーであったならば、
どれだけの人々が目にしただろう。残念ながら、他人の興味は希薄だ。

面白くて初めて興味のない分野にも挑戦する。それが人間なのだ。
だからこそ、理解してほしいことがあれば、ユーモアを忘れないで。

ユーモアと言う魔法のトッピングで、どんなことも聞いてもらえる。

アメリカで黒人差別を乗り越えようとする黒人のコメディアンがいた。
彼は黒人差別を皮肉まじりに笑いに変えた。人々は耳を傾けたのだ。

うつ病もそうだ、なんだってそうだ。僕はこの留学も笑いに変える。
そうすれば、人は聞いてくれる。そうすれば、問題の解決も見える。

古村大和のすべらない話

「100万円かけて、フランスでうつになった話」

聞いてください。

100万円かけて フランスでうつになった話

 

私は鬱病の存在を信じていなかった。信じられなかったに近い。
なぜならば「鬱病」を抱える人間と相対したことがなかったからだ。

経験則に基いて語れない以上、今まではどこか架空の病であった。

「病んでいる」などの表現は日常的に見かけるが、それを呟く人間は
大抵の場合、病んでいない。では、本当に病んでいる人はどこにいる?

隠れているのだ。単純に聞こえるが、私にとっては大発見なのだ。
鬱病の患者は存在する。社会に紛れ込む形で、静かに息を潜めながら、

蝕まれている。一見普通そうに振る舞う隣のあの子も、もしかすると。

何故に今回、鬱病の存在に気づけたか。それは私自身が鬱だったことに
気がついたからだ。自分が自分ではない言動の数々。まさに今もそう。

必死に留学先で「リア充」を演じる様は、振り返れば滑稽だ。
情けない。しかし、どうしようもない。それが今の自分なのだ。

この文書は壊れた自分が再構築する際の通過点としての記録である。

鬱病は存在する。あなたの家族や隣人も、本当は抱え込んでいるかも。

そう、みなが心に止めて、
少しずつ思いやりの数を増やしていきたい。

僕に手を差し伸べ続けてくれた、僕を意図せずとも救ってくれた皆様、
ここで心からの感謝を申し上げます。

今なお「病んでいる」大和より。

動画もどうぞ

うつ状態のマイメンに捧ぐ、ささやかな応援【VLOG】

 

編集後記

はい。ばるーんです。

今回はあまり編集を加えず、言葉を淡々と並べてみました。みなさんはどのようなことを思っているでしょうか?

心とは、目には見えないもの。だからこそその状態を推し量るのは難しい。だからと言って気を使いすぎるのも、また違います。

等身大のあなたの場所を見つけましょう。大切にしましょう。

ばるーん。

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