やりたいことを見つけたいなら、やっていることをやめろ。

YAMATO

うつ状態で引きこもった経験から、休学・休職を支援する「ひと休みデザイナー」も務めております。大和です。

休学や休職の相談に乗ると、多くの方からこのような質問をいただきます。

「やりたいことが見つからない…」

「どうやって、やりたいことを見つけましたか?」

ぼくの答えは単純明快で、

「今、やっていることを一度やめてみましょう」

とお答えしております。

その理由を、記事にまとめてみました。

▼ 「やりたいこと」って、そもそもなに?

「やりたいこと」には大きく分けて、二種類あるように感じています。

① 短期的な「今、やりたいこと」

② 長期的な「人生かけて、やりたいこと」

多くの方は後者の「人生かけて、やりたいこと」が見つからない、と言った相談で来られます。

「人生かけて、やりたいことが見つからない」

「叶えたい夢とかがなくて、どこか物足りない」

このような相談には前者の「今、やりたいこと」を問うようにしています。

「今、なにかやってみたいことはありますか?」

すると、

「いろいろあるけど、今は人生かけてやりたいことを探していて」

と言った答えが返ってきます。

多くの人は「今、やりたいこと」と「人生かけて、やりたいこと」を分断して考えがちです。

でも、二つの「やりたいこと」は同じ線の上に存在しています。

「人生かけて、やりたいこと」は「今、やりたいこと」の連続で成立する。

「今、やりたいこと」は衝動的で変化しやすい
ぼくを例にとってみると、ぼくはここ最近ブログ記事を書きまくっています。

なぜなら、ブログ記事を書くことが「今、やりたいこと」だから。

過去を振り返れば「今、やりたいこと」は常に変わり続けていて、曲作りに明け暮れていた時期もあれば、毎日のようにラジオ番組を投稿していたときもあります。

ディベートにとことん打ち込んだ時期もありますし、要するに「今、やりたいこと」は変化しやすい。

ただ、よくよく分析してみると「今までやってきたこと」にも共通点が見えてきます。

今、ハマっている記事の執筆も、曲作りもラジオ放送も『誰かに自分の想いや考えを伝えたい』という欲求が垣間見える。

ディベートは『誰かに自分の想いや考えを伝える』精度を高める練習と捉えると、分かりやすいでしょう。

まとめると「今、やりたいこと」「今までやってきたこと」を抽象化して、個々の事象の共通点を見出すことで「人生かけて、やりたいこと」が浮かび上がってきます。

「人生かけて、やりたいこと」は普遍的で抽象度が高い
ぼくの場合は『誰かに自分の想いや考えを伝えたい』という普遍的な欲求が、今までの活動から浮かび上がってきました。

これに『なぜ(WHY)誰かに自分の想いや考えを伝えたいのか』などが加わると、より一層やっていることが腹落ちした上で人生を駆け抜けられるでしょう。

浮き彫りになった「人生かけて、やりたいこと」の分析をさらに深めるならば、「5W1H」の考え方がおすすめです。

Who, What When, Where, Why, and How.

ぼくを例として紹介すると、

Who(誰に)やってみたいけど、一歩を踏み出せない人に

What(何を)挑戦する勇気を

When(いつ)今日からでも

Where(どこで)世界中、特に日本

Why(なぜ)挑戦している面白い遊び相手がたくさんほしいから

How(どうやって)自分の日々の活動や想いを発信し、背中を押すことで

多少、強引にでも全ての項目に言葉を付けてみることを推奨します。すると、ふわっとしていた概念の言語化が進み、解像度がかなり上がります。

かの有名なアップルの創業者、スティーブ・ジョブズは

Connecting the dots.

「点と点を結べ」と言いました。

YouTube

数々の点たちを結び、線として振り返ったときに人生をかけたものがある。

そう、ぼくは考えています。

「やりたいこと」って、そもそもなに?(まとめ)

① 短期的な「今、やりたいこと」は具体的で、変化しやすい点

② 長期的な「人生かけて、やりたいこと」は抽象的で、変化しにくい線

「人生かけて、やりたいこと」は「今、やりたいこと」が積もり積もって、形作られるものではないでしょうか。

「今、やりたい」点たちが線で結ばれたとき、大きな「人生かけて、やりたい」が浮かび上がってくるとも考えられそうですね。

▼ やりたいことを見つけたいなら やっていることをやめろ。

「人生かけて、やりたいこと」が見つからない人は「今、やりたいこと」に手を付けられていない人が圧倒的に多いです。

「一人旅に出たいけど、今は仕事で忙しい」

「筋トレを始めたいけど、ジムとかに通う時間がなくて」

そもそも「今、やりたいこと」すら挙がらず、ただただ忙しいと繰り返す方もいらっしゃいます。

先程から申し上げている通り「人生かけて、やりたいこと」は「今、やりたいこと」を続けた先に浮かび上がります。

つまり「今、やりたいこと」に手を付けられないと、一生「人生かけて、やりたいこと」は浮かび上がることもなければ、見つかるはずもありません。

本物の「今、やりたいこと」に取り組むためには、一度「今、やっている」ことをやめる必要があります。

一度、白紙に戻す。

すると、その紙は自由に描ける最高のキャンバスとなる。

やめることは、続けることと同じくらい大事
ぼく自身も「やりたいこと」を見失った経験があります。なんなら、その経験は一回どころではありません。

その原因は「今、やっている」ことが「今、やりたいこと」ではなかったから。

やりたくないことを続けることは、とても危険です。

湧き出てくる純粋な好奇心、突き動かされる衝動に従わないと、ぼくらの感覚はどんどん麻痺してしまいます。

 

その度に、ぼくは休学や休職といった制度を利用してきました。

 

よく休み「今、やっていること」を捨てて「今、やりたいこと」に向き合う時間を取る。

日々の時間の使い方、活動の断捨離を始めてみてください。

忙殺されている日常から離れて、何にでも手を出せる余白を自らつくりましょう。

暇になることを、恐れないで。

暇な時間ほど、価値のある時間はない
暇な時間は、最強の武器です。

ポケモンで言うならば、メタモン。(分からないか)

『X-Men』で言うところのミスティーク。(もっと分からないか)

要するに、暇な時間は「何にでもなれる状態」ということ。

古代ギリシャの哲学者たちも、圧倒的な暇を持て余していたからこそ、人類の思考の可能性を広げることができたわけです。

暇な時間は宝物。

暇を愛しましょう。

ここで、もしも「暇な時間に入り浸ってしまうのではないか」と恐れている人がいるならば伝えたい。

ぼくたちは、暇にも飽きます。

 

幸か不幸か、人間は欲求だらけの生き物です。

何もしていないと、徐々に身体と脳が動きたいとウズウズしてきます。

それは、忙殺されていた日常のリハビリが済んできた合図。

誰しもが「やりたいこと」を持って生きています。

ただ、日常の荒波に呑まれて、その純粋な感情に気づきにくくなってしまうだけ。

 

 

一度よく休んで、何か「やりたい」という純粋な感情が湧き出たときは、素直にそれに従ってあげてください。

やっていることをやめることは、引き際を知ること。

何事も闇雲に続けては、仕方がない。

過ぎた時間が後悔に変わる前に、立ち止まってみる勇気を持ちましょう。

おわりに

やりたいことを見つけたいなら、やっていることをやめろ。

「やりたいことを見つけたい」といった旨の発言が出てくる時点で、「今、やっていること」に夢中になれていないことが浮き彫りになります。

一度、抱えている荷物を下ろしてみて。

少し休んで、辺りを見渡したときに湧いてくる感情。

純粋な好奇心。突き動かす衝動。それらに、身を委ねてみてください。

没頭して駆け抜けた日々は必ず、いつか振り返ったときに、人生かけてよかったことになっているはずです。

You only live once.

後悔のない人生を歩むために。

ともに、踊り狂いましょう。

yours sincerely,

YAMATO 【大和】
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追伸
ご相談などがあれば、いつでもお気軽にご連絡ください。

一人でも、人生を謳歌する仲間が増えますように。

編集後記

寄稿YAMATO
再編集ばるーん

こんにちは。ばるーんです。この記事を再編集していた際、となりにいた友人に

「俺も、最近なにしたいかわからないからあとで読ませてください。」

そう相談されました。
人生をかけて何かをするという命題は、なかなか個人で解決するのは難しいです。だってやりたいことなんて山ほどあるんですから。

大切なのはその一歩。

歩んでいきましょう。


そんなやまとさんの原体験

日本に殺されかけた帰国子女が、日本に生きる決意をした話。

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